●1919年に来日したフォール教育団の教材用として29機が輸入されたフランスのサルムソン2A2が、陸軍にサ式二型偵察機として制式採用、1921年に51機輸入され乙式一型偵察機と改称されました。
●これと同時に陸軍は本機の国産化に着手し、修理という名目で1920年末に国産1号機を完成させた後に航空補給部で約300機の生産を行いました。
●この時陸軍はエンジンのライセンス製造権は取得していたものの機体の製造権は取得しておらず、後に特許権侵害としてサルムソン社から抗議を受けましたが、最終的に川崎が間に立って両者を和解させました。
●陸軍砲兵工廠でも約300機生産されたといわれますが、これについては誤りだとする資料も複数あります。
●また飛行機分野への進出を狙っていた川崎造船所飛行機部もエンジンと機体両方のライセンスを取得し、陸軍からの国産化の指示を受け1922年に試作機2機を完成させ、その後1927年までに約300機生産しました。
●この機体が川崎における最初の量産機であり、本機の日本における総生産機数は約900機(誤りとされる砲兵工廠生産分を除けば600機)にもなり、当時としては記録的な生産数でした。
●1928年に八八式偵察機が登場するまでは主力偵察機として活躍し、1933年頃まで前線部隊で使用されました。
●満州事変や第一次上海事変にも一部の機体が参加し、第一線を退いた後は多数の機体が民間に払い下げられ飛行学校や新聞社等で愛用されました。

●完全新金型キットです。
●3種類の日本軍デカール入りです。
●完成時には全長約118mm、全幅約163mmとなります。