脆弱な基本装甲にアップリケアーマーを装着したもので、GAZでは42年1月頃に車体/砲塔が完成したとされています。新しい排気管とマフラーは、同年春頃から見られ、GAZで42年3月から生産が決まったT-70の影響を受けたと言われています。アップリケ車輌とは別に、基本装甲自体を厚くした車輌もほぼ並行して生産されていたようです。これらは試験結果から、大戦初期としては脆弱ではなかった、と言う方もいます。