キットは、独軍が迫る中で第37工場が疎開する際、T-30の車体と砲塔、スポーク転輪(cast wheel)の在庫がGAZに送られ、GAZがその砲塔をT-60で再利用した車輌と言われています。初期型同様、まさにモスクワ前面の戦い(41年のパレード、トゥーラ近辺の戦いも含む)を対象にできるようです。そもそもT-30は、書類上T-60として納入されたことも結構有ったようで、混乱と逼迫感を良く示しているように思います。